第3回 冲方丁「エンターテインメント・モンスター」

第3回 冲方丁
文・構成:タカザワケンジ / 撮影:石川耕三

第3回 冲方丁
エンターテインメント・モンスター

「小説」「漫画」「アニメ」「ゲーム」…エンターテインメントはそれぞれの枠の中で、時にその枠を飛び越え、あるいは枠を破壊して成長を続ける。
有名小説家が「漫画」をテーマに語る特別企画の第3回に登場するのは、ベストセラー作家であり、超人気アニメのシナリオライターであり、幾つもの漫画作品の原作者でもある、まさに「エンタメ界の怪物」冲方丁先生。あらゆる分野の一線で活躍するにはいろいろな苦労があるようで…!?

 

冲方丁(うぶかた・とう)

1977年生まれ、岐阜県出身。
1996年『黒い季節』でカドカワスニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。
2003年『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を受賞。
2010年『天地明察』で本屋大賞、吉川英治文学新人賞などを受賞。

小説家としての活動以外にも人気アニメ『蒼穹のファフナー』『攻殻機動隊』シリーズのシリーズ構成や脚本を務め、漫画原作やゲームシナリオなども数多く、まさにエンタメ界を股にかける活躍をし続けている。

 

★漫画原作をやった理由

──冲方さんが初めて漫画原作を手がけられたのは2001年の『ピルグリム・イェーガー~巡礼の魔狩人~』(作画・伊藤真美)です。すでに小説家としてデビューされていた冲方さんが、なぜ漫画原作を手がけられたのかからうかがいたいと思います。

冲方 僕がデビューした1996年は、活字離れが起きていると出版業界で言われ始めた時期なんです。いま思えば単にバブル崩壊後の不況が出版業界に来ただけだったんですけど、当時まだ19、20歳。これから目指そうとしている道が断たれてしまったらどうするんだ、と焦った。漫画とアニメとゲームのせいで小説の売り上げが落ちていると言うから、だったらそっちの仕事をしなきゃだめじゃないかと(笑)。

──職業として危機感を覚えたんですね。

冲方 ええ。そして漫画原作から始めることができました。その後、ゲームのシナリオ、アニメの脚本という順番で仕事が広がっていきました。

冲方丁氏

──『ピルグリム・イェーガー』はどういう経緯で手がけられたんですか。

冲方 たまたま出版社のパーティーで、作画をお願いすることになる伊藤真美さんとお会いしたんです。すでに画は存じ上げていてとても上手な方だなと思っていた。そのとき、この方の絵で漫画を描けたらいいんじゃないかとひらめいたんです。お話を聞いてみたら、伊藤さんは中世、近世ヨーロッパあたり、ルネサンスを舞台に、鋭く尖った武器を振り回す女の子が描きたいとおっしゃった。

──伊藤さんの描きたいものがあったんですね。

冲方 そこで、武器にアルファクロスというそれっぽい名前をつけた。十字架クロスだからキリスト教もからめよう、と考えていきました。次にキャラクター設定。漫画はキャラクターをいっぱい出さなきゃだめだと言われて、50人分ぐらい設定をつくりました。でも実際にスタートしたら、まあ、出ない出ない。

──50人は、出すのにも時間がかかりそうですね(笑)。しかも冲方さんが書かれた解説がふんだんにあって情報量が多い!

冲方 そうなんですよ。最初は世界観の導入として、読者に親切なコラムを書いてほしいと編集者から言われたんですが、だんだんそのコラム自体に読者がついてしまい、やめるにやめられなくなったんです。毎号毎号、何かのネタで書かなきゃいけない。そのために十六、十七世紀のイタリアをかなり勉強しましたね。大変でした。
 でもそのおかげでそのあとに使えるネタもたくさん仕入れることができました。それに漫画としてはこうしたほうが読者にはフレンドリーだということを編集の方には教えていただいた。ありがたかったですね。たとえば、なるべく前後編にするなとか。

──一回一回結論を出したほうがいいと。

冲方 次回への引きも大事だけれど、これがどういう話かを伝えないといけないから。最近は読者層が大人になってきたので、延々と同じエピソードを引っ張っていく作品もありますが、ティーンエージャーから二十代前半ぐらいは、結論をちょくちょく入れていかないと物語について来られなくなるよと言われました。これはすべき、これはすべきじゃないという漫画の基本ルールを身体で覚えつつ、でも、若かったのでエネルギーがあって、そこから自然と逸脱した。いろいろなことを調べまくって、それを全部ページに入れようとするから、漫画家さんからネーム(セリフなどの文字要素)が多すぎると怒られたりして(笑)。私に絵を描かせて! と。

──暴走しちゃったんですね。若い!(笑) 漫画原作はシナリオ形式ですか?

冲方 シナリオ形式ですけど、漫画家さんが一番読みやすい形を工夫していきましたね。『ピルグリム・イェーガー』のときはパスワードつきのサイトを立ち上げて、その中に自分の原稿を入れておき、いつでもここにログインすれば見られますよみたいな感じにしました。設定集もそこに全部突っ込みましたね。2000年代初めだったのでデータの送受信が重かったですが(笑)。

──クラウド以前の話ですもんね。小説の場合だったら文章だけですが、漫画はビジュアル化しなくちゃいけない。原作者として資料を提供するなどのバックアップするのも重要な仕事なんですね。

冲方 どうしたら漫画家さんのモチベーションが持続するか。そのやり方を模索していったという感じですね。ストレスがあると漫画家さんの筆が止まってしまうので、そう感じさせないように先回りして用意する。作品をよくするためには、描いてくれる人が気持ちよく描けなければならないので。裏方に回っているという意識でした。

冲方丁氏

 

★ファミレスでコマを描き写す

──小説と漫画では表現方法がかなり違うと思います。漫画的な表現を勉強されたりしましたか。

冲方 本屋さんでいろんな漫画の第1巻を買ってきて、ノートにコマの形を全部写しました。そうすると、4コマ、5コマのあとで、2コマになり、見開きに行く、とか、リズムがわかる。縦長のコマはこういう場合に来るのか、とかがわかってきました。ファミレスのカウンターで、漫画のコマを延々と描き写している変なやつがいるって、ちょっとした話題になっていましたね(笑)。

──何をやっているんだろう、あの人、怖い、みたいな(笑)。コマ割りまで考える必要があるんですね。

冲方 漫画家さんによって感性が違いますし、意図的に遊ぶ漫画家さんもいるじゃないですか。たとえばCLAMPさんのようにあえて均等にコマを割るとか。浦沢直樹さんなんか、1ページに9コマというページがあったりする。一応「1ページに5コマ以上入れないほうがいいよ」と編集者からは言われていましたけど、定型はないんだなと。

──漫画そのものはお好きだったんですか。

冲方 もちろん好きでした。僕は4歳から14歳までシンガポールとネパールで育ったんですが、当時はちょうど日本の漫画・アニメが世界に発信され始めたころでした。発信というか、海外の人が興味を持って買っていくという現象が起きていたんですね。日本の漫画とかアニメとかを手に入れるお金持ちの人たちがいたわけです。当時はVHSのビデオテープでした。当然字幕はついていないので、訳してとよく言われて、海外の人が理解できるように説明してあげるのが大変でした。たとえば、『風の谷のナウシカ』を見て「ナウシカはキリスト教徒なのか」と聞かれるわけです。

──それは日本に住んでいると出てこない発想ですね。文化や宗教の側面について知りたいんですね。

冲方 何人なのかとか、名前の由来とか。大友克洋さんの『AKIRA』のアキラはどういう意味だと聞かれて「シャイニングだ」と、とりあえず言っておいたり(笑)。

 

★新選組でX-MENを!?

──『ピルグリム・イェーガー』で十六、十七世紀のイタリアを徹底的に調べられて、次の『シュヴァリエ』では、十八世紀のフランスを舞台にしていますね。ガラッと世界が変わった。チャレンジですよね。

冲方 1つの世界観にとどまっていると、だれてくるというか、なれてくるというか、新鮮味がなくなってくる。何かほかにもないかなと探していきたくなります。世の中には、もっとたくさんおもしろいネタがあるだろうと。それに、漫画家さんと編集者さんのそれぞれの好みがある上に、ご時世なのか、読者さんの好みもころころ変わる。昔はもうちょっと落ちついていたんじゃないかと思うんですけど。
 あと、9・11のあたりから、みんなが共有する当たり前のリアリティみたいなものが崩れてきたような気がします。人それぞれ世界の見え方が違う。置かれている事情も違うし、実感も違う。とくにこの十年ぐらいは、世の中全体がカオスだなと思いますね。

──だから1つの世界にはとどまらないんだですね。『サンクチュアリ』と『ガーゴイル』では新選組を題材にされていて驚きました。

冲方 あれは編集者が新選組をやりたいと。いつもそうなんですが、誰もがわかるコンセプトを最初に決めるんです。『ピルグリム・イェーガー』だったらルネサンス異能バトル。『シュヴァリエ』だったらヴェルサイユ宮殿で仮面ライダーとか(笑)。

冲方丁氏

──なるほど。アイデアの最初はそういうところからなんですね。

冲方 『サンクチュアリ』だと、新選組でX-MENをやろうとか。他人同士が短期間で結束しないといけないので、わかりやすい言葉でないと。それがうまく読者の好みに合ってくれればいいなと思いながら。

──『サンクチュアリ』と『ガーゴイル』は基本的に同じ設定、ストーリーを踏襲していると思うのですが、画や演出がかなり違います。ユニークな試みですが、この2作の関係を教えてください。

冲方 新選組の話を、ということで『サンクチュアリ』をやっていたら、残念なことに連載していた雑誌が休刊になってしまった。ほかに移籍するという話もあったんですが、ちょうど区切りがよかったのでこれで完結にしようと。新選組で変なことをやれて満足だねという達成感はあったんです(笑)。ただ、うちでネタを引き取ってやりたいと言ってくれたので、どうぞと。それが『ガーゴイル』です。『サンクチュアリ』のときはネームやシナリオを提供していたんですが、『ガーゴイル』は忙しくて、こっちからアイデアを出しつつも、作画の近藤るるるさんにほぼ任せるという感じですね。全く違う絵柄で、方向性を変えて似たようなことをやってみると、こうもテイストが違うのかというのは発見でした。

──漫画表現の可能性の広さを実感しましたね。あらためて、いま漫画原作を手がけてみてよかったと思うことはありますか。

冲方 『ピルグリム・イェーガー』と『シュヴァリエ』をやったことで、いろんな意味で世界が広がりましたね。いろんなジャンル、メディアの人たちとお会いできました。結論として、活字は全然なくならないというか、むしろ活字がないと、何も成り立たない、企画書もつくれないじゃないかってことがわかったことも大きいですね。自分は小説家になってよかったんだと。だから漫画原作を一から書いていくのと並行して、小説も原作として提供するということも始めたんです。丸ごとどうぞという。『天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』なんかがそうですね。

──最近は漫画オリジナルの原作は手がけられていないようですが、可能性はありますか。

冲方 たしかにしばらくごぶさたしてしまっていますね。小説ばかり書いていたのと、手を広げすぎてちょっと忙しくなっちゃって。アニメーションも脚本だけ書いているうちはよかったんですけど、ストーリーを全部つくって、脚本監修までするようになって、ほかの方が書いたものを直す仕事まで出てきてしまったので。個人的には漫画原作に手が出せていないことには若干じくじたるものがあるんです。何かやりたいな、と思っています。ネタはあるんです。ネタはあるんだけど、つくっている暇がないという。

──そのネタがどんなものか気になりますね。期待してお待ちします!

 

『アクティベイター』冲方丁

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