第4回 高橋弘希「火星人の祭祀」

第4回 高橋弘希
イラスト◎犀ひつじ

第4回 高橋弘希
火星人の祭祀

「小説」と「漫画」、「芸術」と「エンターテインメント」…ひょっとしたら、そんな二分論はもはや不要なのかもしれない。有名小説家と漫画が化学反応を起こす特別企画。
第4回は2018年上半期に芥川賞を受賞した純文学小説界のニュースター・高橋弘希先生。
あの大ヒット漫画作者との意外な因縁が…?
ヤンジャン期待の新人・犀ひつじ先生のキュートなイラストとともにお楽しみください!

 

高橋弘希(たかはし・ひろき)

「指の骨」で第46回新潮新人賞を受賞しデビュー。
2017年「日曜日の人々」で第39回野間文芸新人賞受賞。
2018年「送り火」で第159回芥川賞を受賞。近著にエッセイ集「高橋弘希の徒然日記」がある。

 

《ジャンプに持ち込み、尾田栄一郎に敗れる》

──芥川賞作家である高橋さんが、学生時代に「週刊少年ジャンプ」に漫画を持ち込まれた経験があると聞いて驚きました。当時、どのような理由で漫画家を目指されていたんでしょうか。

高橋 もともと小説よりも漫画のほうが好きで、子供の時は漫画ばかり読んでいたんですよ。それに加えて絵を描くのも好きだったので、必然的に「漫画家になりたい」と。それでも中学や高校のころはイラストみたいなのを描くくらいのものだったんですけど、大学時代にちゃんとした漫画を描くようになり、『火星人大来襲』という漫画を描いたんです。5人の火星人が地球を侵略しに来るんだけど、武器を全く持たずに来てしまって侵略のしようがなく、それぞれコンビニの店員とかをしながら地球で暮らすっていうギャグ漫画で、当時の「ジャンプ」では確かギャグ漫画が19ページだったので、19ページで作って新人賞のギャグ漫画部門に持っていきました。持ち込んだ時のことはもうおぼろげですけど、とりあえず担当の反応が相当反応が悪かったことだけ覚えています(笑)。

──持ち込みをされたのはその一度だけ?

高橋 そうですね。最初の持ち込みが反応悪かったっていうこともあるんですけど、そのころに『ワンピース』の一巻に収録された読切(※『ROMANCE DAWN』)を読んだんです。そして作者の尾田栄一郎氏のあとがきを読んだら、その読切は締め切りの三日くらい前にまとめて書き上げたって書いてあって。同世代でこれだけの絵を三日で書く人間がいる、こりゃダメかも、と思って。

高橋弘希氏 挿絵

 

《芥川賞、どうせなら最初で取っときたかった》

──そこから『ヒカルの碁』の影響で棋士を目指されたり、ロックバンドを組まれたりして、最終的に『指の骨』で小説家としてデビューされた。『指の骨』はいわゆる「戦争文学」の枠組みを持った作品ですが、戦争当事者世代ではない高橋さんが戦時下を舞台にした作品を書かれようと思った理由はどういったものだったんでしょうか。

高橋 最初は別に戦争文学を書く気はなかったんですよ。そもそもは普通に大学生がサイパンかどこかへ海外旅行に行く話で、そこで出会ったおじいちゃんに色々な話を聞くという物語だったんです。そのおじいちゃんの話の中でちらっと戦争の話も出てくるんですけど、書いていくうちにその部分が面白いぞってなってきて、最終的に主人公の大学生がいなくなっておじいちゃんの戦争の話だけになったっていう順番ですね。主人公に話をする語り部役が面白くて、そっちが主人公になっていって、結果としてまるで戦争文学みたいな小説が出来上がったわけです。

──それは面白いですね。途中で主人公が変わってしまった。小説家となられてから、漫画を描いていた経験が小説に生きていると自覚されることってあるのでしょうか。

高橋 漫画を描いて、というよりずっと漫画を読んでいたからだと思うんですけど、頭の中で物語を考えるときってどちらかというと漫画っぽく考える。小説家の方の中には文章や論理で物語を作っていく人も多いと思うんですけど、僕は頭の中でお話を空想して映画とか漫画みたいにくるくると映像を再生する、それを文章で書き写していくというイメージなんです。小さい時から暇つぶしでやっていたことではあるんですけど、考えてみると漫画とかアニメの影響なんだろうなと思います。僕の文章を評価する人が「リアリティがある」って言うのは、そういう方法が理由なのかなとも。

高橋弘希氏 挿絵

──そのデビュー作「指の骨」がいきなり芥川賞と三島由紀夫賞の候補になりました。以来、常に「芥川賞」というものがご自身の著作にはついて回り、今回『送り火』が4度目の候補にして受賞となったわけですけれども、その辺りはどのように意識されていたんでしょうか。

高橋 どうせ受賞するんだったら『指の骨』のほうが純文学として面白かったと思うんですけどね…(笑)。
 『指の骨』は自分でも「こういうのは過去にないよな」っていう手ごたえがあった作品だったから。結果論ですけど、『指の骨』でとっていたほうが面白かった。『送り火』も良い作品だけど、自分の中では"無難"な作品なんです。無難に書いて無難に賞を取った感じになってあんまりおもしろくないなと。でも、芥川賞ってたぶん4回くらいしか候補になれないんですよね。取れたことは良かったと言えば良かったかな。

 

《『送り火』執筆の過程で発覚した意外な血統》

──"無難"とご自身でおっしゃられた『送り火』ですが、ジュブナイル的な枠組みの中に独特な圧迫感、特に読後感には他の青春小説にはない"えぐみ"があり、非常に刺激的でした。この作品はどのような着想から生まれたものなのでしょうか。

高橋 これは最初は「お祭り」を書こう、ってところから始めましたね。「お祭り」って純文学と相性がいいなって個人的には思ってたんです。『送り火』の舞台のモデルは青森のある集落なんですけど、そこで毎年行われているお祭りがあって、実際祖父や父が幹事みたいなことをしていた記憶が残っていたので、それをベースに世界観を作りました。――ここからは余談なんですけど、『送り火』を書くにあたってそのお祭りの由来とかをちょっと調べてみたんです。そうしたらそのお祭りはもともと信州のほうに住んでいたすごく有名な武将で香坂高宗っていう、後醍醐天皇の子供の宗良親王と暮らしていた人がその土地でやっていたお祭りだったんです。土地を追われて青森に落ち延びてからもそのお祭りを続けたらしくて、しかも香坂氏は青森に来てから「高橋」って姓を改めていて…つまり高橋家はその人の末裔らしい(笑)。

高橋弘希氏 挿絵

──ご一族のそんな由緒が『送り火』執筆を通して明らかになったとは…そんな歴史も隠された『送り火』ですが、ラストが非常に多義的で印象的です。いわゆる『スタンド・バイ・ミー』的な作品として、あえて「事件のその後」を書かずに断ち切った、その構成にはどんな意図があったのでしょうか?

高橋 ものすごく平たく言うと、そのほうが「純文学」っぽい。もしエンターテインメントだったら「2週間後…」とかってその事件を通してどう変化したか、しなかったかに結論を出すと思うんですけど、純文学として書いている以上、そこは余白にしておいたほうがいいだろうって。ラストはちょっとショッキングな描写ですけど、テキスト上は誰も死んだとは書いていないので、2週間後に何事もなく始業式が始まる可能性もある。

 

《漫画はやっぱり描いてみたい》

──『送り火』で芥川賞を受賞し、純文学作家としては一つの区切りを迎えたとも考えられると思うのですが、今後、エンターテインメントなど、新しいジャンルに挑戦するようなお気持ちはあるのでしょうか?

高橋 あまり今後のこととかって考えないんですけど、取り敢えず最初に話した『火星人大来襲』は漫画にしたいですね(笑)。登場人物の火星人、5人いて全員が特殊能力を10個ずつ持っているんで、1話1個ずつ能力を使って話を作ればちょうど50話できるんです。アニメだったら1年分。話自体は未だに面白いと思う。あとは絵さえ描ければ(笑)。