JAXAインタビューvol.2 吉原亜弓氏

JAXAスペシャルインタビューvol.2

JAXAスペシャルインタビューvol.2
吉原亜弓氏

――JAXAスペシャルインタビュー第2回ということで、今回は宇宙ビジネスについてお伺いしたいと思います。宇宙でビジネスというと壮大で手の届かないイメージがありましたが、最近では民間企業でも宇宙事業を立ち上げるという事例をニュースでも見かけるようになってきました。実際のところ、民間企業の参入というのは増えてきているのでしょうか?

吉原亜弓さん(以下、吉原)宇宙関連の新規事業や宇宙ビジネスを主流としているスタートアップ企業はすごく増えてきています。私は外部の民間企業からの宇宙ビジネスに関するご相談を受ける業務を担当するポジションなのですが、年間で数百件くらいご相談を頂いていて、大企業からスタートアップ企業まで、何かしら宇宙のビジネスをやりたいですとか、自分の会社の技術を宇宙に活用できないかですとか、そういったご相談をたくさん頂きます。

――市場規模は今どれくらいなのでしょうか?

吉原 日本の宇宙の市場規模は現在1.2兆円と言われているのですが、それを2030年代までに2倍の2.4兆円まで上げましょうという掛け声が国からも掛かっていて。2倍というとJAXA単独でロケットを1機多く打ち上げたところで解決する問題ではなく、これから民間企業もどんどん参入して宇宙ビジネスの裾野が広がっていくことが達成の鍵になります。

――宇宙事業に参入する企業が多いのは何故なのでしょうか?

吉原 宇宙ビジネスは盛り上がってはいるのですが、ビジネスモデル未確立であり成長過程だと思うので、先行者利益を狙って着手されている方は多いと思います。宇宙ってやっぱりロマンだったり、未知のものへの挑戦だったりというイメージもあると思うので、高度な技術に取り組んでいるという企業価値の向上にも繋がるのかなと。また、衛星のデータは宇宙で使うだけではなく、地上の身近な課題解決ビジネスにも使えます。

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衛星データのビジネス利用

――衛星データの身近な利用というと気象情報やGPS等が浮かびますが、他にどんなところで衛星データは使われているのでしょうか?

吉原 そうですね。衛星データでは、気象情報や地上の起伏、海の状況等が得られる観測データと、位置情報等が得られる通信データ等があります。それらの情報をそのまま使用するだけではなく、ある地点の過去と現在の衛星データを比較して変化を抽出したり、地上のデータと組み合わせ解析したりすることで、新しいソリューションを提供しようと考えている企業が多いかと思います。
例えば最近だと、青森県のお米「晴天の霹靂」や佐賀県の茶葉「うれしの茶」は、衛星データを活用して作られたブランドです。衛星のデータでおいしいお茶畑を見つけたり、おいしいお米がとれるタイミングを衛星データで割り出して、一番おいしいタイミングで収穫したり。私たちの一番身近である、食べ物に衛星データが使われるというのは意外と多いですね。

――おいしさも衛星データで分かるものなのですか?

吉原 食べ物ごとにこの成分が多いとおいしい等の基準があるのですが、衛星のデータと地上のデータを組み合わせて解析することで、おいしい状態を見極めることができます。

――そういえば漁業でもGPSで魚群を探したり、養殖を管理したりするという話を聞いたことがあります。宇宙とは関係ないと思われる業界でも、宇宙のデータは利用できるのですね。

吉原 衛星データには広域に観測したり通信したりできる一方、それだけでビジネスに繋がることは少ないかもしれませんが、地上の色々な強みを持つデータと補完し合うことで、それこそお米だったり魚群だったり、様々な可能性が広がっていくのかなと思っています。

 

民間企業との新事業「J-SPARC」

――それで海外でも数多くの衛星が打ち上げられている訳ですね。衛星データを使用する以外の宇宙ビジネスにはどの様なものがあるのでしょうか?

吉原 JAXAの新事業でJ-SPARCというプログラムがあります。民間企業さんとパートナーシップを結んで、宇宙ビジネスを目的にJAXAが技術的に協力していきますという昨年くらいから始まったプログラムなのですが。その中では、アバター技術を利用した事業というのをANAホールディングスさんらと協力してやっています。アバターは距離がはなれていてもその場にいる様に感じることのできる視覚・聴覚・触覚の各技術を組み合わせたもので、地球にいても月の砂を触れるだとか、自分の身が宇宙に行かなくても行ったような体験ができる未来を目指しています。アバターに関しては宇宙分野だけには限らないと思うのですけれども。

――民間企業が宇宙ビジネスに乗り出したことによって、宇宙開発側にもメリットってあったのでしょうか?

吉原 それはすごくあります。民間企業だけではなくて大学等もそうですが、共同で進めていく部分は多いですし、JAXAは宇宙航空に特化してやってきたところがあるので、異なる業界の技術が宇宙開発に入ってくるとか、逆に宇宙の技術が地上のビジネスに活用されるとか。結果として、国の宇宙開発も加速されることもあります。あとは資金面でも、元々国が主導してやってきたところが、多くの民間企業・投資機関が参入してくださるなど、今や民間主導の時代になってきて、米国では政府が民間サービスを購入するようになっています。そういう意味でも宇宙開発側にもメリットになっているかなと思います。

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人類が宇宙で生活する未来

――宇宙のデータや宇宙開発技術を利用したビジネスについてお伺いしましたが、宇宙ビジネスといえば、遠い未来だと思っていた宇宙旅行が最近では現実的になってきているかと思います。

吉原 そうですね。億万長者が1人行くとかではなく、宇宙旅行がちょっと贅沢な旅行みたいな感じになる未来もそう遠くはないのかなと個人的には思っています。そうなると今は宇宙服など、宇宙飛行士の方の訓練された人用にできているので、一般の方が宇宙に行って宇宙遊泳とか出来る様になった際は、宇宙服なども映画で見るようなものとは全然違ったものになるのかもしれないですね。

――ビジネスの幅が更に広がりますね。

吉原 衣食住に関してもそうかもしれません。それこそ食でも、J-SPARCのプログラムの中にSpace Food Xというものもあります。今の宇宙食って味気のない銀色のパッケージに入っているイメージがあるかと思うのですが、もし宇宙に行く時代が来たらせっかくならおいしいものが食べたいよねという話で。宇宙で、どういう食材を生産して、どうやって調理して、どのような食卓を囲むのか。そういう活動もしています。

――先ほど、宇宙を体験できるアバターの話をお伺いしましたが、実際に宇宙へ行けることになったら、宇宙で体験する新しいエンターテインメントも生まれそうですね。

吉原 以前行った、VRを使って月面でやるスポーツを考えるようなコンテストの話は、個人的にもスポーツが好きなので面白いと思いました。月でやるとどうなるかという…。

――ボールを使用したスポーツは大分ルールが変わりそうですね。

吉原 宇宙飛行士の金井(※2017年12月~2018年6月まで国際宇宙ステーションに滞在)が宇宙ステーションにいた時にバドミントンをした動画が配信されていたのですが、普通はダブルスの場合に前後になりますが、宇宙では一人が上下逆さまになるのが良かったらしいです。そういう意味で新しいスポーツのルールができるだろうなというのは、金井も言っていましたね。

 

ビジネスとして広がる宇宙

――宇宙には多方面で可能性がありますね。もしかしたら今後は、一般企業に当たり前の様に宇宙事業の部署ができたりするのかもしれないですね。

吉原 実際に、民間企業で既に宇宙ビジネス専門の部署を作っている話も聞きますし、徐々に出てきているのではないかと思います。宇宙ビジネスを始めるには今なのかなと思っています。ちょっと前までは、どう始めたら良いか分からない部分もあったと思うので。

――そうですね、どうしてもお金がかかり、ハードルが高いイメージがあります。

吉原 そういう面もあるとは思いますが、政府の支援の枠組みもたくさんありますし、JAXAの産業振興プログラムもあります。

――外だと支援は国からに限らず、一般企業がすごい額を投資していたりもしますよね。日本でも増えては来ているのでしょうか。

吉原 政府系の金融機関と民間企業が一緒になって宇宙ベンチャーに投資したり、ベンチャー企業に事業会社や個人投資家の方がお金を入れたり、結構活発になってきていると思います。そういうところで、世間的な機運も高まっているというのもありまして、ちょうど今が良い機会なのかなと。つい最近まで宇宙って結構遠いイメージだったのですが、最近は民間企業がロケットを打ち上げるような時代になってきて、手の届くビジネスになってきているので、これから先、本当にどんどん広がっていくのではないかと思います。

――これからの宇宙事業の広がりが楽しみです。ありがとうございました!