JAXAインタビューvol.3 星野健氏

JAXAスペシャルインタビューvol.1

JAXAスペシャルインタビューvol.3
星野健氏

――JAXAスペシャルインタビューも第3回になりました。今回は最近話題の月についてお伺いできればと思います。現在、月面探査はどの様な状況なのでしょうか?

星野健さん(以下、星野)月面探査でいえば、アメリカで2024年に人類がまた月を目指すというアルテミス計画が進んでいて、先日も既にロケットを10機発注したのがニュースになっていました。それと並行してゲートウェイという有人のプラットフォームを月の周回軌道におき、そこを経由して月面の探査をし、いずれは月を生活圏にしてしまおうという流れになっています。静止軌道に衛星を一番持っているのはスカパーJSATさんで、全部ビジネスとしてやっています。そこまではもう経済圏になっていて、次に広がっていくとしたら月が一番近くて、月を経由して火星に行く…。月って宇宙に出る上で、すごくいい練習台なんですよ。もし月がなかったら、いきなり火星まで飛んでいかなきゃいけないので、多分なかなかそこまで考え付かなかったと思うんですよね。

 

現実味を増す月面活動

――これからJAXAさんが打ち上げる探査機はどういった目的で月に送るのでしょうか?

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©JAXA

星野 まず我々は技術を持っていないので、技術を獲得しようということが目的です。次に打ち上げるSLIM(上部写真)という探査機では着陸の練習をします。月に着陸するということが結構難しく、各国の宇宙機関も苦労しています。その次は、着陸した後、月面を探査したり、水を探したりというミッションを考えています。月面を走るローバー(探査車)を今研究開発中なのですが、それを使って水を探します。水を何に使うかというと、実は飲み水は国際宇宙ステーションで既に尿も汗も再利用しているので、飲み水にたくさん使う必要はなくて、一番大きいのはロケットの燃料なんです。種子島から打ちあがっていくロケットの燃料って、酸素と水素なんですよ。水を電気分解して作ることができるんです。もし月に水があったら燃料を月で作れるようになるので、燃料を持って行く必要がなくなります。そうすると、今までにないくらい安いコストで月面との往復が出来るようになると我々は考えているんですね。そういうステップを踏んで、現在トヨタさん等と共同研究している有人の与圧ローバー(下部イメージ画像)というのも日本がなんとか主導的に開発したいと考えているところです。有人の与圧ローバーなので、宇宙服を着なくても普通のシャツのまま乗って、何千キロも月を走るということを考えています。

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――中国が先日無人探査機を月の裏側に着陸させたというニュースを見ましたが、それは技術的にすごい事だったのでしょうか?

星野 そうですね、初めてだったので。月の裏側ってすごく面白いところで、地球以外の宇宙は全部見えるけれど地球だけが見えないというところなんです。通信が出来ないので、通信をリレーする衛星を周回軌道にたくさんおいて、それを経由して着陸した。なかなか難しいですし、準備も大変です。最近は中国やインドが宇宙開発にすごく力を入れていますね。

――今まで宇宙開発を進めていなかった国もどんどん出てきているのでしょうか。

星野 アラブ首長国連邦とか、そういうところもどんどん衛星を上げていますし、有人探査の検討グループがどんどん大きくなっています。最初14か国くらいだったのですけれど、今は20か国くらいに増えてきて。どこか1国でやるという時代ではなく、人類の事業として宇宙に人が出ていくということをやらなきゃいけないのかなと思っています。

――有人探査をするようになると、人類が長期で活動できるような拠点が必要になってくると思うのですが、今の技術で月面基地を建設することは可能なのでしょうか?

星野 可能だと思っていますし、資金的な問題はありますが、技術的にはすぐにでも出来ると思っています。月面活動で意外と面白いのは、今まで宇宙活動というと、真空のところで無重力で使用できる物を作る必要があったのですが、月面の上で基地を作るとなると、実は地上の技術が山ほど使えます。例えば、私は宇宙探査イノベーションハブというところも併任しているんですけれども、そこでは鹿島建設さんと共同研究しています。鹿島建設さんは建設機械を自動とか遠隔で動かして、無人でダムを作っているんです。JAXAも一緒に無人の建機を月面に送って、遠隔操作で基地を作ろうという研究をさせていただいています。そうすると、人が月へ行く前に既に基地が出来ている状態になる。鹿島建設さんはその技術をもちろん地上に使うし、我々は月に使います。あと、持って行くというのはコストがかかってしまうので、月にある砂もそのまま使い、ブロックを作ったりもします。その技術もモルタルマジックさんという鳥取砂丘のお土産を作っている会社と共同研究をしていました。従業員10人くらいなのですが、砂を固めるすごい技術を持っていて。

――月に行くのにはどれくらいコストが掛かるものなのでしょうか?

星野 今の技術を使うと1㎏を月に持って行くのに1億円くらい掛かります。だから、なるべく物を持って行かず、月にあるもので作り、人だけが行く。そういう考え方を進めないとうまくいかないかなと。

――それだけ掛かると、いくらあっても足りないですね。

星野 今は言わばニューヨークに行くのに新しい飛行機を作って、1回乗って行ったらそこに捨てちゃうっていう使い方をしているんですよ(笑)。それをやめて、現地で燃料入れて戻ってくるという世界にすれば、劇的に変わると思うんですけどね。

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月にも1等地がある!?

――コストが下がればいつかは宇宙に出張なんてことも結構当たり前のことになったりすることもあるんですかね。

星野 行きたくないっていう人もいると思いますけれど。国際宇宙ステーションで地球の周りを回っていると夜と昼が90分おきにきますし、月に行っちゃうと昼と夜が今度は2週間ごとに入れ替わります。実は月って地軸があんまり傾いていないので、南極と北極でずっと日が当たるところがあるんです。逆に窪んでいて、日が全く当たらないところには水がある可能性も高い。そういう日当たり良好で水もあるみたいなところに最初は基地を作っていくと思います。ですが、実はそういう1等地はすごく少なくて、何か所かしかない。ですので、JAXAは「かぐや」で取った地形のデータを見れば、どこが良さそうかわかるんですが、あまり言っていないです(笑)。

――月の取り合いになりますね。

星野 そうですね。月は何となく誰も口には出さないんですけど、場所取りなのかなと思います。地球でいうアフリカ大陸とオーストラリア大陸を合わせたくらいの面積があるので、そういう土地が浮いているとなると、そこを確保したいと思う国も出てきてしまうかもしれない。

――月の中でも国境みたいなのが出来てしまうかもしれないですね。

星野 そうしたくはないですけどね。月条約というのがあって、月は誰のものでもないという条約もあるんですけれど、宇宙へ行く国があんまり批准していないんです。ただ、もし月が観光地としてすごい人気になった時のことを考えて、JAXAがそこで商売するわけではないですけれど、日本の企業が活躍できる場所や技術の下地を作っておくというのは重要かなと思っています。

――月の資源とかにも注目されているという話を聞きます。

星野 コストがかかってしまうので、月の資源は地球に持って帰らず月で使うというのが一番合理的かなと思います。だいたい地球にあるものは月にあるので、月面で必要なものは月面で作り、人だけが行くというのが理想ですね。

 

月では全てを現地調達

――食料や空気も現地で調達できるのですか?

星野 食料については、今も宇宙探査イノベーションハブで実際にいくつかの民間企業と一緒に研究しているのですが、実は既に国際宇宙ステーションでは、水耕栽培でレタスを栽培した実験を行い、生の野菜を宇宙飛行士が試食しました。月面は土があるので、植物を栽培して食べて、その残渣や排泄物を肥料にしてまた作るという研究も始めています。 あと空気ですが、月の表面は土がありますよね。土っていうのは酸素と金属がくっついた酸化物なんです。つまり、月の表面は土の重さで言うと40%は酸素なんですよ。1回酸素を取り出してしまえば、それを吸って吐いた二酸化炭素はリサイクルしてそのまま使えます。そういう研究は進んでいます。 ただ、皆さんが宇宙だからまずいけれど我慢して食べようという風になってしまうのが、私は嫌で。宇宙で作ったからこそ美味しいものってなんかできないかなと。そういうことも考えていますね。

――地上の技術を宇宙に活かす事例をお伺いしましたが、逆に私たちの身近なものでも、宇宙技術が使われているものはあるのでしょうか?

星野 それはたくさんあります。例えば、日立造船さんと共同研究した全固体リチウムイオン電池というものがあるんですけれど、100度とかで使えるんですよ。普通の電池ってあんまり加熱しちゃうと爆発するんですけれど。月面では昼間は120度になっちゃうので、全固体リチウムイオン電池であればそういうところでもそのまま使えます。それを地上だと、例えば医療機器に使えます。消毒するのに電池ごと熱で消毒できる。あと、もちろん自動車にも将来的には使おうとしていたり…。宇宙探査イノベーションハブでは、そういう技術については、実は既に100件近く、民間企業と研究しています。その特徴は、宇宙だけでなく地上応用も目指すことです。他の例でも、センテンシアさんという社員2人の会社と、写真に撮ると氷なのか水なのか霜なのかを区別できるカメラっていうのを共同研究していました。我々は宇宙で水を探す為、その会社は路面や飛行機の滑走路が凍ってるかどうかを安全に監視する為の装置として、開発されています。

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まだまだ過酷な月の現状

――月面探査とか月面基地を作っていく上で、今後の課題がありましたらお教えいただきたいです。

星野 一番大きいのは実はエネルギーです。宇宙ステーションは太陽電池パネルと電池で電力を賄っていますが、太陽電池パネルは無重力だからできるんです。月面は重力があるので、あれを月面に垂直に立てるとしたら結構大変なんです。電気がないと自動車も走らないし、建機も動かない、人の生命維持も出来ない。そこが一番大きなところかなと思っています。あともうひとつ、月面の砂は細かくて非常にやっかいです。細かい砂が色んな機械の中に入ったり、太陽電池の上に降り積もったりすると色々な不具合がおきちゃいます。

――砂漠の上みたいな感覚なんでしょうか?

星野 いや、砂漠の砂よりももっともっと細かいんですよ。小麦粉が舞っちゃっているイメージです。例えば空気が漏れないようにしているジョイントに砂が入って挟まると、そこから空気が漏れたりとか、タイヤが回るところがどんどん削れたりとか。
あと問題なのは、月面だと夜は-200度、昼は120度になってしまい、300度くらいの温度差があるんですね。そこをどうやって乗り越えるかも難しい技術ですね。

――まだまだ課題はありますが、月での生活イメージがどんどんリアルになっていきますね。本日はありがとうございました!